船舶の省エネ装置・プロペラボスキャップフィンズ

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    既存船GHG削減策について

    既存船GHG削減策について

    田中 良和(商船三井テクノトレード㈱ 専務取締役)

    1.はじめに

    本コラムは、2020年6月号の月刊共有船向けに書いた記事を編集して作成しています。

    IMOでは2018年に「今世紀中に船舶が排出する温室効果ガスの排出ゼロを目指す」ことが合意され、「2050年までに排出量を半減(2008年比)させる」という目標を設定した。

    これから30年で船からのGHG排出量を現在の約半分にするということである。が、実際は貿易量の増加が見込まれており、半減以上の7~8割の削減量が求められている。これは、従来の延長線上の船型改良や機関の性能向上だけでは達成困難であり、ハード面ソフト面と代替燃料と利用できるものは全て利用すべき局面である。

    まず、既存運行船のエネルギーロスを減ずる可能性を紹介する。

    2.メンテナンスによる改善

     
    2.1 摩擦抵抗低減

    (1)全面ブラストによる回復

    現在の外航船は摩擦抵抗が全抵抗の6割以上を占めている。従来高速で航海していたコンテナ船や自動車船も低速運航が一般的になっているので、圧力抵抗と造波抵抗成分は合計でも4割以下となっている。当然摩擦抵抗は船底表面の表面粗度に支配されるので、メンテナンスは重要となる。

    図1はかなり状態の悪い船ではあるが、バラスト喫水と満載喫水の間のブートトップ部が岸壁のフェンダーでこすられ発錆している。荷役中に船体が揚げ荷時は上に、積荷時は下にずれていく、ことは現在の係留方法では致し方ないことである。この発錆をドック時に除去しペイントをタッチアップしてもペイントの段差が生じてしまう。

    MOLの調査では、船の推進性能の経年劣化率は0.06kt/年と言われていて、10年では0.6ktにもなる。これは馬力損失で言うと約15%にもなる。一部の船主では、あるタイミングで(建造後15年など)船底全面サンドブラストを打ち、再塗装する場合があるが、まだ一般的でない。

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    図1.船側部が発錆した船

     

    図2は全面ブラスト打って金属面が見えている所と、図3はその後全面再塗装中のところ。正直なところブロック建造部のつぎはぎだらけの塗装の新造船より表面は、はるかに、なだらかになる。

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    図2.全面ブラスト後の船側                                                                           図3.全面再塗装中の船側

     

     

    (2)ドックインターバル短縮

    この表面粗度の悪化によるロスは海洋生物が付着していない場合の話で、海洋生物が付着すれば、さらに馬力ロスは大きくなる。図4は上のブラスト打った船のドック直後の船尾部であるがこの程度の汚損は一般的に良くみられる。

    図5は、大きなフジツボの付いた酷いケースになるが、馬力ロスは30%~40%にも及んでいると思われる。

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    図4.一般的な生物汚損の船側                  図5.酷く生物汚損した船側

      

    具体的に新造船で船底汚損度の影響を調べたケースが有るので紹介させてもらう。図6は約3か月の艤装期間中(軽荷時なので満載の約1/4の喫水、その上部は汚損していない)に、ビルジキールと船底フラット部に少々の小さいフジツボが付着し、プロペラに少しスライムが付着し、係留中の喫水下に少しスライムが付着していた。これを除去した前後に2度試運転を行い確認した結果、馬力ロスは6.6%であった。

    この新造船の船底状況は、船側部の大部分は没水していなかった事、又汚損も大したことないので、ほとんどすべての就航船の状況より良いと考えられる。

    つまり、普通の就航船はこれ以上の馬力ロスをしていることになる。

     

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    図6.生物汚損した新造船の船底

    燃料費が150$/T程度の安い時代に考えられたドックインターバルを延ばすという考え方を現在も採っている船社も有るが、逆にドックインターバルを短くして船底コンディションをキープする方が費用対効果に優れるとする試算も有る。燃料費が高くなれば、対策も変えなければならない。

     

    2.2 機関の汚損・劣化改善

    ディーゼル主機関の汚損と経年劣化による燃費悪化を紹介する。図7はSR235に報告された燃費悪化の概念図だが、汚損や衰耗により燃費率が悪化していく。合計すると10%程度になっていく。

    過給機、エアクーラー、燃料ポンプ、燃料弁などは機関性能に大きく関係する設備でこれらを掃除し、衰耗部品を交換することで燃費性能は回復する。

    燃料弁7弁中3弁の噴霧が悪く、取替た前後で燃費率を比較したところ約2%燃費率が改善していた例もある。

     

     

    図7. 機関部品の劣化と燃費増加

     

    3.運航による改善

     
    3.1 早期到着ロス改善

    低速運航は船速の二乗でトンマイル当たりのCO2排出量が増加する為、GHG削減に有効であることは論を待たない。

    が、早期到着ロスも馬鹿にできない。自動車船が北太平洋航路で4時間早く着く為には1.6%の増速が必要で約3.2%程度の燃費ロスが生じる。20時間早く着けば8.3%の増速が必要で、約17%の燃費増となる。20時間程度の早期到着は良く見られるので、対策が必要なレベルとなっている

     

    3.2 天候予測と航路選択

    外乱中での推進性能は不確定要素が多く正確性に欠くので、業界では今まであまり取り上げられなかった。現在は各国で取り組みが始まっており、そのロスの大きさに驚かされている。

    図8の写真の波浪中の客船は、乗客の安全が脅かされる事態だと考えられるが、その馬力ロスは100%以上となっていると思われる。(燃料消費が倍以上になること)

    全ての客船は低気圧を意図的に避ける運航をしているはずであるが、馬力ロスと密接な関係のうねりに注意すべきである。

    向かいうねりによるピッチングが馬力ロスの最大要因となっているので、当社でも対策を検討しているところである。

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    図8.向うねりでピッチングした客船

     

     

    図9.うねりの方向と速度低下

     

    図9は海上技術研究所がうねりの方向と船速低下を表したもので、BF9の時正面からのうねりに15ktの船がMCRの馬力を出しても5ktしか出せない状況を表す。横からや後ろからのうねりは船速に影響しないことも表している。

    ウエザーニュースの情報などで荒天を回避して最適航路を追求することは一般的になっている。低気圧の進路予測は進んでおり、低気圧を避けることは出来る。が、長周期のうねり(外航船の航行に影響する)は遠くから伝播するので、近くの低気圧と直接関係が無い為に、低気圧と別にうねりを注意することが必要である。

    4.まとめ

    例えば、船底経年劣化改善(10年毎に全面サンドブラストを打つ)は20年平均で10%、ドックインターバルを早め汚損状態を放置しないことで、さらに平均10%を回収。波浪中の運航改善(正面からの大きなうねりの回避)で5%、機関汚損の整備で5%、早期到着ロス改善で5%回収と置くと、合計で35%回収できることとなる。

    船舶は自動車と違って、設計者、建造者、所有者、運航者、船舶管理者、乗船者と分業が進んでいるので、各々利害関係も有り全体最適が図られにくくなっていると考えている。その為、2章、3章に述べたような様々なロスが生じていても気が付かないケースも見られる。まずこのロスを削減して小さなエネルギーで船の運航が出来るようにすることが燃費削減だけでなく、GHG削減からも求められている。

     

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