船舶の省エネ装置・プロペラボスキャップフィンズ

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    PBCF (プロペラボスキャップフィンズ) 開発秘話

    さまざまな課題を乗り越えてPBCFを製品化するまでに至った経緯についてご紹介します。

    1987年の製品化以降、現在3,400隻以上の船舶に搭載され、世界中に認められる省エネ設備となったPBCFですが、当初はさまざまな課題に直面しました。一番の難関は、開発に携わった商船三井内部にあった「ユーザーである船会社が主体となって全額費用を負担して開発を進めるのは適当でない」という否定的意見を覆すことでした。それを乗り越えて製品化するまでに至った経緯について、ご紹介します。

     

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    初期型PBCF

    アイデアの創生

    1983年半ば、主に漁船向けプロペラのメーカーで三重県名張市に本社を置くミカドプロペラ(株)(現在はナカシマプロペラ(株)に吸収合併されている)の河野技術部長がプロペラ翼根部の表面にフィンを付けるアイデアを考案された。

    その効果確認の為、ミカドプロペラは長崎県佐世保市にある(株)西日本流体技研に水槽試験を委託した。その試験を観察していた西日本流体技研の起業家で推進性能が専門の小倉専務が、フィンをプロペラ中心後部のボス部に付けたらどうかとのアイデアを思いついたのが発端となった。同社の玉島部長とそのアイデアに基づき社内で水槽試験を実施した。

    その結果、フィンの有無によりボス後方から発生する渦に明らかな差があり、ボス部にフィンを付ける効果を定性的に確認できたとして、西日本流体技研は1986年7月にこのアイデアを特許申請すると共に、この件を元々の試験依頼者であるミカドプロペラに伝えたところ、ミカドプロペラも同様のアイデアを実用新案として申請している事が判った。

    但し、ミカドプロペラはボスにフィンを付ける研究開発を単独で進める意図は当面無く、西日本流体技研も実用化を目指しての研究開発を進めるのは資金面等で困難な状況にあった。

     

    商船三井の参画 

    その頃、(株)商船三井が、当時欧州で開発された省エネダクト採用に当たり、その効果確認水槽試験を西日本流体技研に委託し、その立会いに商船三井工務部の大内技術課長が西日本流体技研を訪れた。

    そして、この試験立会い後の懇談の場で、西日本流体技研の小倉専務が大内課長に、プロペラボスにフィンを付けるアイデアを説明すると共に、その実用化の研究開発に商船三井がスポンサーとして加わらないか、と持ち掛けたのである。

    西日本流体技研としては、自社開発重視の大手造船所よりも、むしろユーザーである大手船社の方が興味を持ってくれるのではないか、との期待があった。

    新技術開発に意欲的であった大内課長はこのアイデアに共感し、商船三井がこの研究開発プロジェクトに参画すべく社内に図る事を表明。

    ミカドプロペラ・西日本流体技研・商船三井、3社の役割分担、開発スキーム・費用概算を協議の上、提案書を取り纏めその後商船三井社内で上程される事となった。

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    現在は当社技術顧問である大内氏

     

    工務担当役員が提案を却下

    1986年9月、大内課長よりフィン付き新型プロペラの共同開発に関する提案書が工務部技術開発担当の折戸副部長(後の当社初代PBCF事業部長)に提出された。ミカドプロペラ・西日本流体技研・商船三井3社共同で製品化を目指し研究開発を推進、数千万円と想定される研究開発費は商船三井が全額負担し、実用化に成功した場合は商船三井が本製品の事業権を持つという、船会社としては画期的かつリスクを伴う提案であったが、提案を受けた折戸副部長は実用化に成功すれば省エネ対策として非常に有効であり、新規事業としても有望ではないかと考え、社内に上程していく事としたが、その道程は簡単ではなかった。

    この提案について、工務担当役員からこの種の新製品の開発は造船所や関連メーカーが行うべきもので、ユーザーたる船会社が高額な開発費を全額負担して主体となって行うのは不適当であるとの経営判断で却下されたのである。

    そこで、この開発につき識者の見解を得るべく東大の高速流体力学専門の加藤教授に相談した結果、プロペラの研究は主に半径の半ばから先端までのものが主流で、ボス周辺の研究は手付かずで、可能性は大いにあるのではないか、とのアドバイスを頂くとともに、西日本流体技研の小倉専務の技術者としての実績と信憑性についても言及頂いた。

    それで力を得て、当時技術開発案件を審議する運航技術効率化委員会の委員長である海務担当役員に相談した。すると委員長はかねがね当社が主体となって進める案件が有っても良いと考えていて、東大の先生が有望というなら進めるべしとのことであった。

    そこで開発を、フェーズ1として基礎的水槽試験で定性的な効果確認

           フェーズ2としてシリーズ水槽試験で最適形状の探求と定量的に効果確認

           フェーズ3として大型水槽試験と実船での実験

    と3つに分け、フェーズ毎に効果確認の上次のステップに進むことし、1986年10月末に、商船三井、西日本流体技研、ミカドプロペラの各社担当者を決め、大内課長をプロジェクトグループ・リーダーとしてまずフェーズ1の実験を開始し、定性的にボス渦を解消することが出来ることを確認した。

     

          

    • PBCFなし(左図)&PBCFあり(右図)

     

         

    • ボス形状によるハブ渦の違い

     

    当初提案にネガティブであった工務部担当役員もステップごとに順調に開発が進むにつれ、本プロジェクトに好意的に対応頂く事となる。

    逆POTの考案と実船実験

    1987年3月から本格的に社内の委員会に承認され、フェーズ2の一連の水槽試験を開始した。が、POT試験ではプロペラの後流にプロペラ軸や計測装置が存在し、ハブ渦の成長が抑制されているので十分な効率アップが計測されなかった。

    そこで商船三井の塩津課長代理が現在は一般的になっている逆POTを考案した。逆POTはプロペラ効率の計測速度は落ちるが、プロペラボス後方をクリアにすることが出来、PBCFの効率改善計測に成功した。

    フェーズ2の成功を受け、大型水槽試験でコンテナ船と自動車船の実験を行い良好な結果を得た。

    又、特許については1987年7月に先の西日本流体技研の特許申請とミカドプロペラの実用新案に優先権をかける形で3社の共同出願とし日本で特許の申請をし、1996年9月に正式に特許登録された。続いて海外も十数か国で登録された。

    その後、実船実験は1987年9月に自動車船の姉妹船2隻でPBCF有り無のドック後の試運転比較を行った。その結果約4%のPBCF効果を確認できた。

    開発に伴い1988年5月に初めてPBCFの研究開発について日本造船学会で発表する他、現在まで数多くの論文を発表し、1990年5月に日本造船学会の発明考案賞を頂く他数々の受賞があった。

     

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