本文までスキップする

船会社がするから面白い。
不可能を可能にしたロングセラー
製品への道のり。

商船三井テクノトレード株式会社

特別顧問 川越 美一

PBCFは、プロペラ後方に発生するハブ渦を解消することでプロペラの推進効率を改善し、船舶の燃料消費量を平均3~5%削減する省エネ装置です。1986年に商船三井、株式会社西日本流体技研、ナカシマプロペラ株式会社(開発当時の社名はミカドプロペラ株式会社)が共同開発し、2021年12月には「最も販売されている船舶用省エネ装置ブランド(累計基数)」としてギネス世界記録™に認定されました。
この画期的な装置の開発を主導したのが、元商船三井の技術者、大内先生です。

大内先生との出会い

当時、川越社長は大内先生と同じ部署だったそうですね。どのような人物だったのでしょうか?
ええ、そうなんです。同じ部署で、どちらかというと横から見ているような立場でしたね。 大内先生は、本当にエネルギッシュで、カリスマ性のある人でした。 「これはすごいものになるぞ」と、周りの人はワクワクしていたと思います。
開発は順調でしたか?
いやあ、そう簡単にはいきませんでしたよ。PBCFの羽が割れてしまったり、売れ行きが伸び悩んだり、苦労の連続でした。開発当時は、学者や研究者から冷たい視線を浴びることも多かったですね。中には嫉妬深い人もいて、「素人が何を偉そうに」という雰囲気を感じたこともありました。
社内でも反対意見は多かった。「メーカーでもないのに、なぜそんなことに時間とお金をかけるんだ?」「メーカーが開発したものを買って、ビジネスをすればいいじゃないか」そんな声が、たくさん聞こえてきました。
大内先生は、なぜPBCFの開発を始めたのでしょうか?
大内先生は、若い頃から発明や新しい技術を考えるのが大好きだったんです。 新しい船を設計する時も、常に斬新なアイデアを盛り込もうとしていました。 でも、会社で与えられた仕事をするだけでは、満足できなかったんでしょうね。 自分が中心となって新しいものを生み出し、世界に送り出したいという強い思いがあったのだと思います。
周囲の反対を押し切って開発を続けたのはなぜですか?
彼は「PBCFは必ず成功する」という揺るぎない信念を持っていた。だから、どんな批判を受けても、決して諦めなかったんです。それに、彼の熱意は、人を惹きつける不思議な力がありました。確かに、うるさいと感じることもありましたけどね(笑)。でも、彼は人を巻き込むのが本当に上手かった。いつも周りに人が集まってきて、自然と協力体制ができていくんです。1人では何もできませんからね。熱意と人を巻き込む力、その両方が彼には備わっていたんです。
開発資金はどうやって調達したのですか?
すべて商船三井が出資したわけではありません。「これは面白い!大内先生の熱意もすごい。ぜひ一緒にやらせてほしい!」そう言って、開発に協力してくれる人がたくさん現れたんです。佐世保の研究所やプロペラメーカーなど、様々な分野の人が、 「これは成功するぞ」「大内先生と一緒なら、きっと面白いことができる」そう信じて、資金を出し合ってくれました。大内先生の人柄と、PBCFの可能性に惹きつけられたのでしょうね。
チームワークの秘訣は何でしょうか?
ミカドプロペラと西日本流体技研の技術者たちが、大内先生と意気投合してチームを結成したのが始まりです。 設計、実験、製造、営業…それぞれの専門家が協力し合い、PBCFを完成させました。 このチームワークこそ、PBCF開発の成功の秘訣と言えるでしょう。 驚くべきことに、このチームは今もなお健在で、PBCFの進化を支え続けているんです。

PBCF営業戦略の背景―PBCFの普及

PBCFが世界的に普及した理由は何でしょうか?
燃費の改善は、そのままCO2排出量の削減に繋がります。省エネは、燃料費が高騰すれば船会社にとって最重要課題となります。オイルショックの際には、燃料費が急激に上がり、省エネ技術の開発が急務となりました。PBCFは、まさに時代のニーズに合致した製品だったのです。
結果的に、大内先生の先見の明が、PBCFの成功を導いたと言えるでしょう。環境問題は、時代を超えて重要なテーマです。「省エネ技術は、絶対に廃れることはない」彼の言葉通り、PBCFは世界中の船舶で採用されるようになりました。
価格設定はどうやって決めたのですか?
「シンプルで低価格だから、きっと売れるはずだ」そう考えていたようです。具体的な値付けは、後の世代に任せたようですが…。1年以内に投資費用を回収できる価格設定にしたことで、PBCFは多くの船会社に受け入れられました。
営業戦略は?
開発当初は、PBCFを売るための専門の担当者がいなかったんです。「いいものを作ったのだから、あとは勝手に売れるだろう」そんな考えだったようです。しかし、それでは市場に広がるスピードは遅いですよね。
そこで、商船三井テクノトレードの横尾さん*という、熱意あふれる営業マンが登場します。彼は、ライバル会社である日本郵船や川崎汽船にもPBCFを売り込みました。「商船三井のライバル会社が採用しているということは、効果は折り紙付きだ」そう思わせることで、顧客の購買意欲を高めたのです。この戦略は大成功でした。
*横尾 雅俊 氏 元商船三井テクノトレード専務取締役
横尾さんの功績は大きいですか?
もちろんです。彼がいなかったら、PBCFは30隻程度にしか普及していなかったかもしれません。横尾さんは、巧みな話術で顧客を説得していきました。「みんな使っていますよ。使わないと、時代に取り残されますよ」そんな言葉で、顧客の心を掴んだのでしょう。
大内先生は、素晴らしい製品を開発しましたが、それを世に広める術を知りませんでした。横尾さんは、その足りない部分を補い、PBCFを世界に広めた立役者です。2人の力が合わさって、PBCFは今日の成功を収めることができたのです。

すべての船にPBCFを

今後の展望は?
すべての船にPBCFが搭載される日が来ることを願っています。そのためには、どのような情報発信をしていけば良いのか。ギネス記録に認定されたことも大きなアピールポイントですが、「あいつがPBCFを使っているなら、俺も使ってみよう」 そう思わせるような、口コミ効果を狙った戦略も有効かもしれません。
あらためて大内先生はどんな人ですか?
人を惹きつけるのが本当に上手い人でしたね。どんな困難にもめげずに、PBCFの開発に打ち込んでいました。歌手や手品師のように、批判を浴びても決して諦めない。そんな不屈の精神を持った、まさに「職人」のような人でした。
最後に、読者へのメッセージをお願いします
こういう開発秘話って、面白いでしょう?若い人たちには、PBCF開発のサクセスストーリーを通して、「信念を貫くことの大切さ」「チームワークの力」「人を巻き込む魅力」を感じ取ってもらいたいですね。